300年の歴史を今に伝える・・・【由来】
【由来】
旧藩時代、留守家17代の水沢城主宗景公が少年時代伊達公の名代として江戸にあったとき、江戸の華といわれる火事の多いのに驚かれた。
なかでも明暦3年(1657)の火事は、江戸の大半を焦土と化した大火災であり、俗に振袖火事といわれ、この時の死亡者は10余万人を数えたといわれている。
これらの悲惨な災害を目撃するにつけ、火災の恐ろしさを肝に銘じ、任を終えて帰水するや火防の対策に万全の策を講じた。
人智の不足不慮の羅災を神仏の加護によって未然に防止しようとし、日高妙見社の日は「火」に瑞山(みずやま)神社の瑞は「水」に通ずるとして両社に祈願し始められたのがこの祭であるといわれている。
また、19代村景公の時代に享保20年水沢の大火の後、佐々木佐五平が江戸に派遣されて江戸火消しを習い、民間消防隊を創設したといわれている。